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2015. 5.25  マルチコプターによる空撮写真を取り入れました。 マークの橋のみ
       
マークは動画です。今後、随時UPしていきます。
2014. 12.4  33.冠着橋(新橋供用)を更新しました。
2014. 12.1  9.中央橋(新橋供用)を更新しました。

信濃の巨流 千曲川

千曲川は古くは万葉の頃から多くの詩歌に歌われ、近代になっても流域の佐久市・小諸市周辺を島崎藤村(千曲川旅情のうた、小諸なる古城のほとり)が長野市周辺から新潟県境付近の豊田村(現中野市)周辺を高野辰之が歌にし、日本人の郷愁を誘う原風景を伴う川としても知られている。
また、伝説で知られる姨捨山や幾多の温泉地、長野市に川中島古戦場などを有し、歴史的な名所も多い。
延長367Kmのうち新潟県では信濃川と呼ばれるが千曲川と呼ばれる部分は214Km。
徳川時代は河川に橋を架けるのは特別の場合を除いて許されなかった。明治政府以降交通対策として通行料金をその維持管理に当てる「有料の木橋や船橋」が許され、数多くの橋が架けられるようになった。
その後、度々の洪水で流され現在の永久橋に変移していく。

1.宮野原橋 (みやのはらばし)

宮野原 国道117号

新潟県中魚沼郡津南町と長野県下水内郡栄村を結ぶ県境にある

上路鋼構橋 L=129.36m
      W=5.15m

昭和60年(1985年)8月架設

ここで千曲川は信濃川と名を変える。

日本最高積雪地点(昭和20年2月12日、H=7.85m)の標柱があるJR飯山線森宮野原駅が近くにある。

2.百合居橋(ゆりいばし)

百合居 県道 長瀬横倉(停)線

下水内郡栄村

昭和36年(1961年)6月

下路単純トラス L=135.0m
        W=5.5m

東京電力西大滝ダムで発電のため取水され流れはわずかになっている。平成7年(1995年)に湧き出た温泉を浴場にしたプレハブづくりの素朴な百合居温泉が、たもとにある。

3.東大滝橋 (ひがしおおたきばし)

東大滝 国道117号

下水内郡栄村大字豊栄字白馬

L=530.0m W=11.0m
PC箱桁+PCラーメン

千曲川対岸のスノーシェッドは旧国道の117号

4.市川橋 (いちかわばし)

写真 飯山市桑名川と下高井郡野沢温泉村七巻を結ぶ

下路単純トラス+連続鋼鈑桁
L=277.7m


 

5.湯滝橋 (ゆたきばし)

湯滝 県道(主)野沢上境(停)線

飯山市上境と野沢温泉村の虫生を結ぶ。

下路単純トラス+連続鋼鈑鈑桁L=153.0m W=7.0m

昭和40年(1965年)

この橋のたもと公共の温泉施設「湯滝温泉」がある。

江戸時代から湯治場があったが1847年の善光寺地震で湧出が止まり湯治場は消滅。

その後、民間で再掘削し復活、その後、飯山市振興公社が、平成4年に営業を開始した。

少し上流に旧吊り橋の橋脚が残る



6.柏尾橋 (かしおばし)

柏尾 県道(主)柏尾戸狩(停)線 

飯山市

平行弦ワーレントラス
L=243.3m W=5.5m

昭和37年(1962年)架設

昭和6年架設の吊り橋は昭和34年の伊勢湾台風の増水で流出した。
昭和58年(1983年)この橋の上流左岸が破堤し、死者9名全壊7戸、半壊8戸、床上浸水3891戸、床下浸水2693戸の大被害となった。
この橋の下流にあった老人ホームと福澤建設を移転、狭小箇所を9万m3掘削し60m川幅を拡げた

7.常盤大橋 (ときわおおはし)

常盤大橋 国道117号 堤防バイパス

飯山市 

連続箱桁
L=225.0m W=11.0m

平成3年(1991年)架設

常盤地区上野と瑞穂地区関沢を結ぶ。

切り絵作家の柳沢京子さんの切り絵図柄が橋柱と高欄に採用されています

8.大関橋 (おおせきばし)

大関橋 県道関沢小沼線

飯山市関沢ー大倉崎

昭和40年(1965年)

木橋から下路鋼ランガートラス+鋼鈑桁 L=422.55mに架け替え。




 (平成27年6月 撮影)

9.中央橋 (ちゅうおうばし)

中央橋 国道403号

飯山市街地ほぼ中央の福寿町と木島上新田を結ぶ

昭和31年(1956年)11月架設

下路ランガー桁橋
L=363.8m W=5.5m
 
 
 
 
 
 
 
中央橋  
「新中央橋」

50年以上経過し、幅員が狭 く老朽化
特に冬期間は大型車のすれ違いが困難で渋滞が発生していた。
また河積を阻害している構造から、治水上の問題が指摘されていた
   
    
 
平成23年、冬期の渇水期にあわせ橋台2基、
橋脚3基の工事が一斉開始された
             ・
(平成23年12月27日撮
中央橋              ・
             ・


 
 
 
 
 
 
 
 
千曲川河畔納涼花火大会
(平成25年8月14日撮影)
 
 
 
中央橋                 
新中央橋はPC4径間連続エクストラドーズド箱桁橋。主塔が低く、
斜材(ケーブル)角度が水平に近い。
   
L=365m

W=車道幅7.5m+歩道両側3m

   
   
   
   



中央橋 この形式、道路橋では県内初
他には
長野自動車道、更埴インターそばの北陸新幹線、屋代橋梁(1996年5月)に見られる。
   
   
冬期には歩行者の風雪よけに、飯山の冬の風物詩となっている「よしず」が新橋でも中央部だけだが張られている。
 
 
 
 (平成26年12月1日撮影)

 (平成27年6月撮影)

11.第5千曲川橋りょう (だい5ちくまがわきょうりょう)


第5千曲川橋梁北陸新幹線

鉄道・運輸機構(JRTT)

橋脚10基は工事が完了し、上部工が準備中

上路9径間連続合成箱桁L=751m W=11.7m
105mの支間長はこの形式では日本最長

公募により「菜の花大橋」と愛称が決定

(撮影 平成21年5月


写真 千曲川の渇水期に集中して施工中、陸部は

大型クレーン(450〜800t)で架設され流路部はトラベラークレーンにより桁を両岸より架設。23年3月に連結する予定

 この下流には散水消雪設備に使用する取水口の工事も進められています。

(撮影 平成22年12月)

 

(撮影 平成25年1月)K5Us


 (平成27年6月撮影)

12.古牧橋 (こまきばし)

綱切橋 県道(主)小布施飯山(停)線

飯山市ー中野市 国道117号との交差部、飯山

市蓮(はちす)と中野市壁田を結ぶ。

昭和38年(1963年)12月

ワーゲンゲルバートラス
L=296.3m W=8.0m

木橋の頃は腰巻橋と呼んでいたが名前が不評で古牧橋と名を変えた。
平成25年1月 白鳥が飛来。
 (H.25.1.12撮影)

13.上今井橋 (かみいまいばし)

綱切橋 県道(主)三水中野線

中野市

昭和27年(1952年)5月

上流(赤沼)地域の人達の意向を考慮、橋脚の少ない吊り橋で架設されL=210m、W=3.6m  昭和61年(1986年)

ワーゲンゲルバートラス
L=225m W=10mに架替。




14.北千曲川橋 (きたちくまがわばし)

綱切橋 上信越自動車道

鋼箱桁とRC橋脚を一体化したラーメン構造で、橋梁の代表的な材料である鋼とコンクリートを組み合わせ、それぞれの長所を生かした新しい形式の橋

4径間連続ラーメン箱桁 L=348m


 














15.立ヶ花橋 (たてがはなばし)

綱切橋 県道(主)中野豊野線
中野市ー長野市豊野
平成7年(1995年)
3径間連続下路平行弦ワーレントラス
 L=246.9m W=11.0
この立ヶ花から下流の古牧橋の間の千曲川は千曲川は低い丘の間を見事に屈曲してながれています。長野盆地西縁活断層で地盤が隆起を繰り返しできたと言われています。

この付近にあった渡しにより、作家島崎藤村が「破戒」の取材で訪れ、舟で飯山へ下ったことが、千曲川のスケッチ「川舟」に描かれている。

撮影:2015年7月24日

16.第4千曲川橋りょう (だい4ちくまがわきょうりょう)

綱切橋 北陸新幹線

橋脚3基は工事が完了し、上部工の施工準備中。

4径間連続合成鋼箱桁
 L=312.0m W=11.3m

この橋の上越側のトンネルは高丘トンネル L=6,940m


(撮影 平成21年5月)

写真



手延機送り出し工法(完了している高架部で桁を組み立てジャッキで押し出す)で施工され、桁を下げるだけ?まで進行している。
 


 
  (撮影 平成23年2月)




写真

橋梁の工事(宮地・日橋JV)が終わり橋面ではレールの敷設が始まっている。







 (撮影 平成23年12月
)
 


                                       試験走行が行われている。  2015年3月14日に長野金沢間開業
 (撮影 平成27年1月14日 試験走行中)
  
                                               
 


17.小布施橋 (おぶせばし)

写真 県道(主)豊野南志賀公園線

下高井郡小布施町

犀川に架かる五輪大橋ができるまでは県内で最も長い橋だった。それまでの木橋が昭和33年(1958年)に流され、永久橋に着手するが、昭和43年(1968年)にやっと完成。

下路単純非合成ワーレントラス
17径間 L=277.7m
    W=7.6m  
 

 

18.村山橋 (むらやまばし)

写真国道406号

長野市村山と須坂市村山を結ぶ全国的にも珍しい鉄道(長野電鉄)との併用橋となっている。
大正15年(1926年)
単純トラス7連鉄道併用橋+3径間連続RCT桁+RC床版(11連)
単純鋼鈑桁33連(鉄道部)
L=814.2m W=5.5m 鉄道部W=3.8m 

 写真 平成21年(2009年)2月

6径間連続ワーレントラスL=537.2m+5径間連続箱桁L=300.6m ΣL=837.8m

 



19.屋島橋 (やしまばし)

綱切橋 県道(主)屋島須坂インター線

下り線(長野→須坂)平成9年(1997年)架設

ニールセンローゼ桁+連続箱桁
L=766.9m 長野市の東に位置し、冬季オリンピックのスピードスケート会場、Mウェーブにほど近い。

上り線(須坂→長野)写真奥

明治31年(1898年)船橋、明治40年(1907年)木橋を架設した。その後木橋数回架け替えられ現在に至る。

昭和44年(1969年)
PCポステンT桁 W=11.5m












20.落合橋 (おちあいばし)

綱切橋 県道(主)長野菅平線

昭和41年(1966年)鋼鈑桁橋

犀川は、全長99Kmの旅を終えここ落合橋下流で千曲川と合流する。

明治12年(1879年)有料船橋で長野市大豆島より犀川を渡り、中州から再び千曲川を船橋で渡った。
大正11年(1922年)有料木橋が架けられるまで42年間も続いた。

落合橋
中土手交差点から長野市若穂を望む


  

21.関崎橋 (せきざきばし)

綱切橋 県道 関崎川中島停車場線

長野市真島ー川田

昭和48年(1973年)連続鈑桁
 L=540.6m 

松代藩時代の重要な渡し場で明治43年(1910年)に初めて木橋が架けられた。周辺に比べると20年から30年遅い











22.更埴橋 (こうしょくばし)

綱切橋 県道(主)中村金井山(停)線
     (旧松代街道)

昭和45年(1970年)

3径間連続鋼桁3連+2径間連続鋼桁の11径間
 L=525.9m W=7.5m

更埴郡(現長野市)と埴科(はにしな)郡をむすぶ橋として架けられ橋名はここから
 

23.松代大橋 (まつしろおおはし)

綱切橋 県道(主)長野真田線

武田信玄が八幡原に布陣するとき渡河したと言われる「寺尾の渡し」付近で、明治43年(1910年)L=108mを架した

木橋の頃は寺尾橋と呼ばれた。

その後、RC-T桁5連+2径間連続下路式アーチ桁+RC-T桁5連の橋となり「川中島橋」と名を変えた

平成6年(1994年)12月、中央自動車道長野インター開設に伴う道路改良により、100mほど下流に新たに架設され、川中島橋は撤去された。

24.赤坂橋 (あかさかばし)

綱切橋 県道 松代篠ノ井線

長野市松代地籍と篠ノ井東福寺地籍を結ぶ橋で

昭和31年(1956年)11月に架設され下路単純トラスL=152mと乃木桁橋L=50mでできていた。

千曲川の流水部のみ架設されていたため増水時には通行止めとなっていた。木橋からトラス橋へ架替。

綱切橋 平成12年より39億で事業が開始され平成21年(2009年)完成。

5径間連続鋼鈑桁L=183.675m+4径間連続非合成鋼箱桁 L=228.525m+鋼ローゼ桁橋L=111.2mの全長523.4m 両側歩道W=3.5m 車道W=7.5m


中央部橋脚工事はMSカップリングケーソン工法で施工された。
 (撮影 H.27.6.20)
                                           動画はこちら 

25.岩野橋 (いわのばし)

綱切橋 長野市

県道(主)清野篠ノ井(停)線

昭和47年(1972年)架設

8径間 PC箱桁 
 L=498.0m W=7.5m

雨宮の渡しがあった場所
上杉謙信勢が妻女山を下り「霧にけむる千曲川を粛々と渡った」のがこの付近とされている。


26.篠ノ井橋 (しののいばし)

綱切橋 国道18号
長野市篠ノ井−千曲市
平成3年(1991年)
連続鋼班鈑桁 RC床版
 L=455.80m 

八代の渡しは、明治5年に船橋となり、明治43年(1910年)に木橋となる。
大正12年(1923年)単純トラス橋L=283mに架け替えられその後、現在の橋となる。

27.千曲川橋りょう (ちくまがわきょうりょう)

綱切橋 JR篠ノ井線・しなの鉄道

長野市篠ノ井

下路平行弦ワーレントラス+
プレートガーター






 
 (平成27年7月撮影)



28.第3千曲川橋りょう (だい3ちくまがわきょうりょう)

綱切橋 北陸新幹線

長野市篠ノ井−千曲市

平成8年(1996年)

5径間連続曲線トラス
 L=557.1m
  長野自動車道 千曲川橋より



29.千曲川橋 (ちくまがわばし)

綱切橋 長野自動車道

長野市 更埴インターから麻績インター間

平成3年(1991年)

連続箱桁
 L=532.7m



30.粟佐橋 (あわさばし)

綱切橋 千曲市道

平成元年(1989年)

連続箱桁 L=428.5m 

大正9年(1920年)初めて木橋が架けられたが、川の氾濫で幾度も流出、架設を繰り返した。





31.千曲橋 (ちくまばし)

綱切橋 県道(主)更埴明科線

千曲市

平成8年(1996年)

2径間PC斜張×2+3径間PCラーメン

L=455.80m W=9.75m

昭和8年(1933年)3月
下路単純トラス橋L=403.8m
W=5.5mの鋼橋が架けられた。


更埴明科線、国道18号、八幡バイパスを結ぶ橋として利用が多くなってきた。
夕方2時間ほどライトアップされている。

32.平和橋 (へいわばし)

綱切橋
県道姨捨(停)線

千曲市

昭和57年(1982年)


連続鋼鈑桁 
 L=580.8m W=12.0m


月の名所 姨捨・田毎の月を訪れる人も多い
 

33.冠着橋 (かむりきばし)

綱切橋県道 内川姨捨(停)線

昭和32年 本流部に吊り橋L=76.5mを架設

昭和43年(1968年)鋼ワーレントラス橋L=107m+RC床版

に前後を木橋で取り付けし開通

昭和48年(1973年)

鋼鈑桁2連L=49.6m×2 W=4.0m 鈑桁L=49.6m W=6.0mを架設

昭和和57年(1982年)56年の15号台風で流失した木橋部を単純鋼鈑桁L=49.6m W=6.0mに架設

昭和59年(1984年)台風10号で流失した木橋部を単純鋼鈑桁L=49.6mW=6.0mを架設
綱切橋
平成3年(1991年)
3径間連続鋼鈑桁L=117m歩道付W=9.75mを架設
ΣL=473.0m
 綱切橋 
掛継ぎをして平成3年(1991年)全面開通したが43年、48年架設の橋は狭く信号での片側通行になっている。
(新橋橋脚撮影H23年8月)
冠着橋 
 
 

昭和57年(1982年)

3径間連続鋼鈑桁 
 L=580.8m W=12.0m
 

 
架け替え工事の橋脚が平成23年に完成、平成24年から26年にかけて上部部を架設。



冠着橋
新冠着橋
 
 
平成26年(2014年)11月29日 供用
 
 
3径間連続+3径間連続+4径間連続 鈑桁
 
W=10.75m
 
  L=844.4m

 
 
冠着橋 快適な橋になりました。



 

 
(平成26年12月3日撮影) 




34.大正橋 (たいしょうばし)

綱切橋県道(主)大町麻績インター戸倉線  千曲市
平成14年(2002年)11月架設
RCゲルバー桁

大正橋株式会社により架設された有料木橋から昭和7年(1932年) RCゲルバー桁
L=353.5mW=5.5m に架け替えられ
その後、現在の橋となる。
 
 
 

35.万葉橋 (まんようばし)

綱切橋県道 聖高原戸倉線

千曲市

昭和41 年(1966年)

単純合成I桁 
 L=364.1m 
 W=12.0m

     

36.笄橋 (こうがいばし)

綱切橋県道 新田坂城線 千曲市

昭和37年(1962年)L=431.1m
W=4.5mのもぐり橋を架設

昭和59年(1984年)現在の単純合成鋼I桁L=230.7m W=4.5mを架設した。

武田信玄と戦った村上義清は戦(1553年)に敗れ、敵軍が迫る中奥方が対岸まで送ってくれた船頭に髪に刺していた「こうがい」を礼に渡したという。
 

37.昭和橋 (しょうわばし)

綱切橋坂城町道

草越豊昇佐久線

昭和2年県土木部の技術指導と補助を受け杭打ち橋を架設

昭和20年(1945年)

9径間RCローゼ+昭和27年(1952年)3径間ゲルバーガーターを架設し
L=465.6m W=4.5m 

坂城大橋の完成で町道へ移管された。

38.坂城大橋 (さかきおおはし)

綱切橋県道 上室賀坂城線

坂城町

昭和62年(1987年)

9径間PC箱桁ヒンジT型ラーメン橋
 L=675.0m W=15.0m



 




39.大望橋 (たいぼうばし)

綱切橋 坂城町道

平成4年(1992年)

単純ワーレントラス
 L=465.0m W=2.5m
 

昭和35年(1960年)更級郡村上村と埴科郡坂城町が合併する条件の1つで昭和39年に本流部のみ架設された、
全体が完成するのは平成12年(2000年)
通学に使用する橋ということから「大きな希望みを持って」と命名された。

時間規制と1tの荷重制限があり軽量車両のみ通行可能。

40.鼠橋 (ねずみばし)

綱切橋坂城町道

旧埴科郡南条−小網

昭和26年(1951年)にタワー3基の吊り橋を架設。

昭和63年(1988年)

4径間連続鈑桁
 L=386.0m W=8.75m

41.上田大橋 (うえだおおはし)

綱切橋 国道18号

上田坂城バイパスの一部

平成11年(1999年)

3径間連続箱桁
 L=470.1m W=11.75m




42.古船橋 (ふるふねはし)

綱切橋 県道(主)長野上田線

中之条−常磐城

昭和49年(1974年)

連続箱桁
 L=268.8m W=12.0m

江戸時代末期、この区間を結んでいた渡し船の名前が橋名の由来。

国道143号と国道18号を結ぶバイパス道路



43.上田橋 (うえだばし)

綱切橋 上田市 国道143号

昭和45年(1970年)

3径間連続箱桁
 L=207.1m W=12.5m

大正14年1925年)
2代目の鉄骨4連ケーソンガータープレートで開通




44.千曲川鉄橋 (ちくまがわてっきょう)

綱切橋 上田電鉄(株)

上田別所線

5径間プラットトラス橋
 L=224.5m W=4.5m

上田駅から別所温泉駅まで湯治客輸送のため大正10年(1921年)に開業した11.6Kmの鉄道


45.常田新橋 (ときたしんばし)

綱切橋上田市道

平成10年(1998年)

連続箱桁
 L=485m 


綱切橋橋のほぼ中央部には登ることができるモニュメントがあり、この付近の歩道幅は6.0mと広い。

上田千曲川花火大会のため、その時期には鑑賞客用の歩行者天国として解放されている。
 
 
 
 
 

 

 

46.小牧橋 (こまきばし)

綱切橋 上田市道

昭和59年(1984年)

3径間連続鋼鈑桁
 L=380.4m W=10.0m
 
 


 

47.第2千曲川橋りょう (だい2ちくまがわきょうりょう)

綱切橋 北陸新幹線
2015年3月金沢まで延伸し、長野新幹線が名称変更となった。

平成8年(1996年)

斜張橋
 L=270.0m
 W=12.8m

通称 上田ハープ橋

主塔の高さは65m 
綱切橋 











 
 
 


48.大石橋 (おおいしばし)

綱切橋上田市道
上田市大屋−石井

平成15年(2003年)

連続鋼鈑桁
 L=194.6m W=8.0m

この前の橋は

昭和46年(1971年)
上田丸子電鉄丸子線の廃止により道路橋として信号機による片側通行で開通した。

49.大屋橋 (おおやはし)

綱切橋 国道152号

昭和48年(1973年)

連続鈑桁
 L=170.8m W=10.0m

千曲川はこの橋のすぐ上流まで国土交通省(千曲川河川事務所)の管轄 

50.田中橋 (たなかばし)

綱切橋 県道(主)丸子東部インター線

昭和44年(1969年)

3径間PSC単純桁
 L=97.6m W=7.0m

のち歩道部を橋脚とともに増設

北国街道の宿場田中から丸子方面を結び、牧ケ原台地がせりだした地点に架設された。 
最後までご覧いただきありがとうございました。

    

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